つれづれなるままお散歩日記(仮)

仕事を辞めてIターン。母との散歩が日課の男の日記・・・だったはずなのに・・・

毎日、過呼吸💦

ルナちゃんはどんどんお利口になってきて、おすわり、待て、お手、おかわり、ハウスができるようになりました。

でも、いつもおやつ持っているか確認してから言うこと聞くワンコです(^_^;)

歯磨きガムが大好きです!

 

毎日、一緒に寝て大分癒してもらっているものの、今でも毎日、母のことを考えて、軽い過呼吸になります。

 

僕が家の近くを散歩しているときに通りがかりの父の車が止まり、窓を開けた奥から母が笑顔で手を振っているところとか、何気ない会話で大笑いしたこととか、ふと鮮明に思い出して、少し笑顔になった後、とても苦しくなってしまいます。

 

母は某ドラッグストアの店長を長く勤めていたこともあり、手際が良く、人当たりもよく、年をとってからも賢い人でした。

僕が前橋に来てからは、体力のために散歩に行くのと並行して、認知症予防でクイズ番組とかで新しい題材を見つけては暗記して、僕に問題を出させていました。

 

例えば難読漢字、歴代総理大臣、オリンピック開催地、県の形、首都など。

他にも昔住んでいた駅がある東急田園都市線東横線。弟が住んでいる駅がある都営三田線。何度か使ったことがある小田急線や、群馬に来てから使うようになった湘南新宿ラインの駅などもすべて暗唱できました。

 

「おりこうだよね~。」と僕が褒めるたび、母はうれしさを隠しきれず喜んでいました。

日を置いて何度も繰り返すので、僕もほとんど覚えてしまいましたが、いつも楽しい時間でした。

 

母は常に先を見越しているようなところがあり、いつも先のことを考えていました。

自分がいなくなってから僕と父が困らないように、料理の仕方や掃除のコツ、花の咲かせ方など、いろいろなことを教えておいてくれました。

すい臓がんが確定する少し前の頃からでしょうか。

旅行や外出するたびに「これが最後の横浜だな~。」とか「これが最後の桜かな~。」とかよく言っていて、僕は「さすがにそんなことないでしょ!まだまだこれるよ。」と苦笑いしていましたが、結局、母の言うとおりになってしまいました(T_T)

 

母は亡くなる3か月ぐらい前、半ば強制で僕をがん保険に加入させました。

今度、がん検診でもしてこようと思います。